News 危険運転致死傷罪の見直しと新設。一般道の適用要件を解説
もうすぐお正月ですよね。
年末年始って必ずと言っていいほど、飲酒運転や速度超過による事故がたくさんあります。今一度、こちらの記事を読んでいただき無事故で新年をお迎えくださいませ。
目次
まずはじめに・・
「あんなにひどい運転なのに、なぜ危険運転致死傷罪が適用されないんだろう…」
悪質な運転が引き起こした悲惨な事故のニュースを見て、あなたも一度はそう感じたことがあるかもしれません。特に、高速道路だけでなく一般道での悪質な運転に対し、法律が十分に対応できていないのでは、と疑問や憤りを感じる方も多いでしょう。
この記事では、そうした疑問に答えるため、危険運転致死傷罪をめぐる法改正の動きについて、法律の専門家でなくても分かるように、以下の点を中心に解説します。
- 危険運転致死傷罪の具体的な適用要件
- なぜ法改正(見直し・新設)が必要だったのか
- 新しく設けられた「妨害運転罪」とは何か
- 法改正で一般道の危険運転はどう変わったのか
この記事を読めば、危険運転に関する法制度の現状と課題、そして今後の展望について深く理解できるはずです。
危険運転致死傷罪の見直し・新設の概要
相次ぐ悪質な運転による事故を受け、危険運転への罰則を強化する動きが進みました。その集大成が、2020年に施行された法改正です。この改正は、これまでの法律では裁きにくかった悪質な運転行為を厳しく罰するための、大きな一歩となりました。
2020年施行の改正法のポイント
2020年7月に施行された改正法は、主に2つの大きな柱で構成されています。
- 危険運転致死傷罪の適用対象の拡大 これまで適用が難しかった運転行為も、危険運転致死傷罪として処罰できるようになりました。
- 「妨害運転罪(あおり運転罪)」の新設 死傷事故に至らなくても、「あおり運転」そのものを犯罪として取り締まる新しい法律が作られました。
この改正により、悪質な運転行為に対して、より厳格な対応が可能になったのです。
危険運転の定義拡大と「妨害運転罪」の新設
法改正の目的は、悪質な運転行為を漏れなく処罰することです。そのために、2つのアプローチが取られました。
一つは、既存の「危険運転致死傷罪」の定義を見直し、これまで対象外とされがちだった**「停車させる」などの妨害行為も対象に含めた**ことです。
もう一つは、たとえ事故にならなくても、他人の通行を妨害する目的で行われる悪質な「あおり運転」自体を犯罪とする「妨害運転罪」を新設したことです。これにより、危険な運転の芽を早期に摘み取ることが可能になりました。
過失運転致死傷罪との違い
危険運転致死傷罪を理解する上で、よく比較されるのが「過失運転致死傷罪」です。この2つの罪の最も大きな違いは**「故意」の有無**にあります。
- 危険運転致死傷罪 「危険な運転と認識しながら、あえて行った(故意)」場合に適用される罪です。そのため、非常に重い罰則が科されます。
- 過失運転致死傷罪 「不注意(過失)」によって事故を起こし、人を死傷させた場合に適用される罪です。脇見運転や操作ミスなどが典型例です。
つまり、危険運転致死傷罪は、単なる不注意ではなく、意図的な危険行為を罰するための法律なのです。
現行の危険運転致死傷罪の適用要件
では、具体的にどのような運転が「危険運転致死傷罪」にあたるのでしょうか。この罪は「自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律」に定められており、適用されるには厳格な要件を満たす必要があります。
危険運転致死傷罪を構成する行為類型
法律では、危険運転致死傷罪にあたる行為として、主に以下の類型が定められています。
- 酩酊運転 アルコールや薬物の影響で正常な運転が困難な状態での運転。
- 制御困難な高速度運転 進行を制御することが困難なほどの高スピードでの運転。
- 未熟運転 進行を制御する技能がない状態での運転。
- 妨害目的運転 人や車の通行を妨害する目的で、重大な交通の危険を生じさせる速度で、割り込みや著しい接近をする行為。
- 信号無視運転 赤信号などを殊更に無視し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度での運転。
- 通行禁止道路運転 通行禁止の道路を、重大な交通の危険を生じさせる速度で運転する行為。
これらの行為によって人を死傷させた場合に、危険運転致死傷罪が問われることになります。
改正で追加された「妨害目的運転」
2020年の法改正で特に重要だったのが、妨害目的運転の類型に新たな行為が追加された点です。改正により、**「人の通行を妨害する目的で、走行中の自動車の直前に進入し、その他通行中の人又は車に著しく接近し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為」**が加えられました。
さらに、高速道路だけでなく一般道も含む道路で、走行中の車の前方で停止したり、著しく接近したりする行為も、人を死傷させれば危険運転致死傷罪の対象となることが明確化されました。
適用に不可欠な「故意」の立証
危険運転致死傷罪の適用における最大のハードルは、加害者に「危険な運転である」という認識(故意)があったことを証明することです。
例えば、「高速で走れば危ない」「幅寄せすれば事故になるかもしれない」と分かっていながら、あえてその行為に及んだことを客観的な証拠に基づいて立証する必要があります。この「故意」の立証が難しいために、悪質な事故であっても適用が見送られるケースが少なくありませんでした。
危険運転致死傷罪の法定刑と罰則
危険運転致死傷罪は、その悪質性から非常に重い刑罰が定められています。
- 人を負傷させた場合:15年以下の懲役
- 人を死亡させた場合:1年以上20年以下の懲役
これは、不注意による事故を罰する過失運転致死傷罪(7年以下の懲役もしくは禁錮または100万円以下の罰金)と比較しても、極めて重い罰則です。
法改正の背景と改正前の問題点
なぜ、これほど大きな法改正が必要だったのでしょうか。その背景には、社会に衝撃を与えた悪質な交通事故と、それに対する現行法の限界がありました。
一般道での「通行妨害目的」立証の困難さ
改正前の法律では、妨害目的の運転で危険運転致死傷罪を適用するには、「高速自動車国道等において」という要件が実質的に必要と解釈されることが多くありました。そのため、一般道での割り込みや幅寄せといった妨害行為が原因で死傷事故が起きても、この罪を適用するのが非常に困難だったのです。
多くのドライバーが日常的に利用する一般道での危険行為が裁きにくいという点は、法の大きな課題でした。
停車後の暴行が適用対象外だった課題
2017年に発生した東名高速道路での夫婦死亡事故は、法改正の大きなきっかけとなりました。この事件では、加害者が被害者の車を執拗にあおり、高速道路上で無理やり停車させた後、後続のトラックが追突して夫婦が亡くなりました。
裁判では、「停車後の事故」であり、運転中の行為が直接の死因ではないとして、危険運転致死傷罪の適用が争点となりました。このように、運転行為と死傷結果の間に「停車」という行為が挟まることで、因果関係の立証が難しくなるという問題点が浮き彫りになったのです。
危険運転致死傷罪の適用件数の推移
危険運転致死傷罪は、その適用要件が厳格であるため、実際の適用件数は決して多くありません。法務省の犯罪白書によると、危険運転致死傷罪(妨害目的)の検察庁での処理人員は、年間数十件程度で推移しています。
この数字は、社会で発生している悪質な運転事故の数に比べて、実際にこの重い罪で裁かれているケースがいかに少ないかを示しており、法改正による適用範囲の拡大が急務とされていました。(参考:法務省 令和5年版 犯罪白書)
新設「妨害運転罪」の適用要件と罰則
2020年の法改正のもう一つの大きな柱が、「妨害運転罪」、いわゆる「あおり運転罪」の新設です。これにより、死傷事故に至らない段階でも、悪質な「あおり運転」そのものを厳しく取り締まることができるようになりました。
妨害運転罪の対象となる10の違反行為
妨害運転罪は、他の車両等の通行を妨害する目的で、以下の10類型の違反行為を行うことが要件とされています。
- 車間距離不保持 車間距離を極端に詰める。
- 急ブレーキ禁止違反 不必要な急ブレーキをかける。
- 進路変更禁止違反 危険な割り込みを行う。
- 追越し違反 左側から危険な追い越しをする。
- 減光等義務違反 執拗なパッシングを行う。
- 警音器使用制限違反 不必要なクラクションを鳴らし続ける。
- 安全運転義務違反 危険な幅寄せや蛇行運転を行う。
- 最低速度違反(高速道路) 高速道路で極端に低い速度で走行する。
- 高速自動車国道等駐停車違反 高速道路や自動車専用道路で駐停車する。
- 進路妨害 前方に立ちはだかるように走行する。
これらの行為を、交通の危険を生じさせるおそれのある方法で行うことが処罰の対象です。(参考:警察庁Webサイト「危険性帯有者対策」)
妨害運転罪の罰則と行政処分(免許取消)
妨害運転罪には、厳しい罰則と行政処分が科されます。
- 通常の妨害運転 3年以下の懲役または50万円以下の罰金。さらに、免許は即座に取り消され、2年間は再取得できません(違反点数25点)。
- 著しい危険を生じさせた場合 高速道路上で相手の車を停車させるなど、さらに危険な行為には、5年以下の懲役または100万円以下の罰金が科されます。免許は即座に取り消され、3年間は再取得できません(違反点数35点)。
一度でも妨害運転で検挙されれば、即免許取消となる非常に厳しい処分です。
危険運転致死傷罪との関係性
妨害運転罪と危険運転致死傷罪は、互いに補完しあう関係にあります。
- 妨害運転罪 死傷事故に至らない「あおり運転」そのものを罰する。
- 危険運転致死傷罪 妨害運転(あおり運転)の結果、人を死傷させてしまった場合に適用される、より重い罪。
つまり、あおり運転をすれば「妨害運転罪」に、その結果として事故が起きれば「危険運転致死傷罪」に問われる可能性があるということです。
法改正で対象となる運転行為の具体例
今回の法改正によって、これまで裁きにくかったどのような運転行為が処罰の対象になりやすくなったのでしょうか。具体的な例を見ていきましょう。
高速道路上での停車・低速走行
前方の車を無理やり停車させたり、嫌がらせのために極端な低速で走行したりする行為は、妨害運転罪(著しい危険)や、死傷事故につながれば危険運転致死傷罪の対象となります。改正法は「停車させる」行為を明確に罰則の対象とした点が大きなポイントです。
執拗な幅寄せや進路妨害
一般道であっても、相手の車を威嚇する目的で執拗に幅寄せをしたり、前に回り込んで進路を妨害したりする行為は、妨害運転罪の典型例です。これにより事故が起きれば、一般道であっても危険運転致死傷罪の適用が検討されます。
不必要な急ブレーキの使用
後続車がいるにもかかわらず、嫌がらせ目的で不必要な急ブレーキをかける行為も、妨害運転罪の対象です。追突を誘発する極めて危険な行為であり、事故になれば重い責任を問われます。
対向車線からの接近や逆走
妨害目的で対向車線にはみ出して相手の車に接近したり、一方通行の道を逆走して進路を妨害したりする行為も、危険運転致死傷罪や妨害運転罪の対象となり得ます。社会のルールを著しく逸脱した危険な行為として厳しく判断されます。
危険運転に関するよくある質問
最後に、危険運転に関して多くの方が抱く疑問にお答えします。
ドライブレコーダー映像の証拠能力は?
ドライブレコーダーの映像は、客観的な証拠として非常に高い能力を持ちます。 危険運転の「故意」や、妨害運転罪の要件である「妨害目的」を立証する上で、極めて重要な役割を果たします。警察への通報時や、万が一の裁判の際に、決定的な証拠となる可能性があります。自分の身を守るためにも、設置を強く推奨します。
あおり運転に遭遇した際の対処法は?
もしあおり運転の被害に遭ってしまったら、冷静に行動することが最も重要です。 警察庁は以下の対処法を推奨しています。
- 安全な場所へ避難する サービスエリアやパーキングエリア、コンビニの駐車場など、人目のある安全な場所に避難しましょう。
- ドアをロックし、車外に出ない 相手が車から降りてきても、絶対にドアを開けず、車外に出ないでください。
- ためらわずに110番通報する 安全を確保した上で、すぐに警察に通報しましょう。同乗者がいれば、走行中に通報してもらうのが効果的です。
相手を刺激せず、自身の安全確保を最優先してください。
自転車の危険運転は対象になるか?
危険運転致死傷罪や妨害運転罪は、自動車やバイクの運転を対象としているため、自転車には直接適用されません。 しかし、自転車にも道路交通法上のルールがあり、危険な運転は罰則の対象となります。2020年の法改正では、自転車による妨害運転(あおり運転)も「危険行為」と位置づけられ、3年間に2回以上摘発されると安全講習の受講が義務付けられるなど、取り締まりが強化されています。
まとめ
今回は、危険運転致死傷罪の見直しと、新設された妨害運転罪について解説しました。
- 2020年の法改正で、危険運転致死傷罪の適用範囲が拡大された。
- 一般道での妨害行為や、相手を停車させる行為も処罰の対象に。
- 死傷事故に至らない「あおり運転」自体を罰する「妨害運転罪」が新設された。
- 妨害運転罪は「即免許取消」となる非常に厳しい処分が科される。
法改正により、悪質・危険な運転に対する包囲網は着実に狭まっています。しかし、最も大切なのは、私たち一人ひとりが**「自分は加害者にも被害者にもならない」という強い意志を持ってハンドルを握ること**です。
思いやりと譲り合いの気持ちを忘れず、常に安全運転を心がけることが、悲惨な交通事故を防ぐための最も確実な方法と言えるでしょう。